街角ウォッチング
貞光劇場(徳島県美馬郡貞光町)

絵を描きたいから写真を撮らせて欲しいと頼むと「わし、写真や撮らしたことないんやけどなあ。」そう言いながらジャンパーのポケットに手を突っ込んだまま、照れくさそうにカメラの前に立ってくれたのは、貞光劇場館主の藤本一二三さん(65歳)。ほんとに来て良かった。私はスクープをつかんだ記者になった気分でシャッターをきりました。

昭和七年開場、現在上映を続けている映画館としては全国でも一番古いと言われている貞光劇場。ずっと以前から行ってみたいと思っていた場所です。そしてもう一つ楽しみにしていたことは、劇場を守り続けてきた館主にお会いすることでした。

映画をこよなく愛する職人気質の藤本さんは、今も貞光劇場館主としての誇りを失っていません。聞いたことのない興味深い話をいっぱい聞かせてくれました。劇場の中に今も残る回り舞台、木の長椅子、天井に組み込まれた開館当時のままの広告、通路に張り詰められた古い映画のポスター、使い込まれた映写機など、どちらを向いても感動です。二階席から下を見下ろすと貞光劇場全盛期当時の観客の歓声が聞こえてきそうです。

ずっと奥様と二人でやってきた劇場経営。「ここまで頑張ってこれたんは映画が好きということもあるけど、やっぱり家内の協力のおかげじゃな。」「じゃあ、奥さんには頭が上がりませんね。」そう言うと、苦笑いしながら、黙ってうなずく藤本さん。

山田洋次監督の「虹をつかむ男」でロケに使われ、話題になった脇町劇場も以前は藤本さんが経営していたそうです。もしかして「虹をつかむ男」そのものを今までの人生でやってきた人かもしれません。午後の映画上映時間が迫って来ました。今度映画を見に来ることを約束して劇場を後にしました。

ぐるると鳴り出したおなかをなだめ、次は精進料理を食べさせてくれるという東福寺に向かいます。でも残念ながら今は季節の食材がないのでお休みとのこと。その代わり東福寺住職の沖田さんがいろいろな体験談や夢など、いいお話をたっぷり聞かせてくれました。おなかがすいたことも忘れ、すっかり話し込んでしまいました。

 貞光町には今もまだ素晴らしい文化が根付いています。そしてそれを守ろうとするすてきな人たちがいました。どこか頑固で、やさしくて、夢を大切に持ち続けている、そんな人達に会いに、時間をたっぷりとって、もう一度行ってみたい町です。 

1997年1月掲載


思い出して一言

貞光劇場の藤本さんとの出会いは、この仕事の中で一番思い出深いものになってます。

町でも有名な頑固者らしい(藤本さんごめんなさい)藤本さん、しかも前日は風邪で熱を出して体調をくずしてたにもかかわらず、ていねいにお話につき合って下さったのです。なんか彼の頑固さが、うちの映画好きの義父に共通したものがあって、そんなこんなでなぜか話が弾んでしまって、いつもは絶対写真なんか撮らせないというのに、快く写真撮影に応じてくれたんです。

それだけでもうれしかったのに、新聞掲載当日、朝一番にお電話があって「ありがとう。わし一生の宝になる」と言って下さったのです。私鳥肌たってしまいました。ほんとにほんとに涙でそうに嬉しかったぁ・・・・。

その後の原画展にも御夫婦でいらしていただき、3年ぶりの再開もさせていただきました。ほんとにありがとうございました。(2000.2)


前回 ホームへ イラストマップへ 旅気分のインデックスへ 次回